隠れた本音 その2

昨日の記事の続きです。(先に読んでね→『隠れた本音』

 

 

心理学の勉強会で指摘された姉への気持ちについてぐるぐる考えてるうちにあることに気づいた私。

 

 

私ね、ずーーーーっとお姉ちゃんっ子だったんです。

姉のことが大好きで、姉のあとばっかりくっついて歩いてたし姉の真似ばっかりしていたんです。

姉がやることはなんでも真似する。

 

姉はとっても器用な人で、お料理、お菓子作り、編み物、裁縫、エレクトーン、何をやらせても上手い。

そして頭も良くて成績もいい。運動神経も良くて中学のバレー部ではキャプテンも務めてたほど。

美人、スタイルもいい。

 

やだ、今改めて書き出してみたらすごいな。

なんなんだ、あの人は。

 

 

でね、なんでも真似するんだけど何一つかなわないんですよ。

全然追いつかないの。

姉がセーターを上手に編んでる頃、私はひょろひょろのマフラーを編んでて、しかも最後まで出来上がらない。

姉がなんでも料理ができる頃、私ができたのはサラダ作る事くらい。

エレクトーンも姉が取った級までは全然追いつかずにやめた。

姉は地区内で1番の高校に進学、私は2番の高校

姉はバレー部キャプテン、私はバスケ部補欠。

身長も姉の方が2センチ高いのになぜか体重は私の方が2kg重い!!!おいっっっ!!!

 

これも改めて書き出してみたら見事だな(笑)

いやぁ、よくグレなかったな、私。エラい。

 

部活、姉がバレー部なのにバスケ部に入っているあたりにささやかな抵抗の跡が見受けられる(笑)

 

 

いや、今から考えるとね、単純な能力の差だけじゃないこともたくさんあったこともわかるんですよ。

 

そもそも、姉と私は4歳離れてるんですけど子供の頃の4歳差ってものすごく大きいですからね。

小学生の姉がやっていることを幼稚園生の私が真似しても同じようにできるはずもなく。

お裁縫とか編み物だって5〜6年生の姉と1〜2年生の私でできることに差があるのなんて当たり前。

そして母のお手伝いでさえ、危険の伴う包丁や火のそばのお手伝いは姉、幼い私のお手伝いはお皿並べたり、すでに切ってある野菜を盛り付けてサラダをつくったり。そもそもやらせてもらえてる経験が違うんですよね。

でも子供の私にそんなことがわかるはずもなく、いつも姉よりできない自分を見て『自分はできない人なんだ』って自然と思い込んでいったんですね。(あれ?身長と体重の謎は残ったまんまだぞ???)

 

で、そもそもできないと思い込んでるから必死で努力しようと言う気にもならない

→ますますできない

→姉と同じ年齢になっても当時の姉と同じレベルのことができない

→やっぱり私は姉よりできないんだと言う思いをさらに強く持っていく。

と言う悪循環。

 

いやぁ、見事です。

拗ねてたな、私。かなり拗ねてましたよ。

 

でね、そんな中、唯一姉がやってなくて私だけがやっていたのが『歌』だったんです。

高校時代にひょんな事でバンドを組んで、誰もやる人がいなかったヴォーカルをたまたまやることになったのが始まり。

 

初めて姉と比べられることのないものを手にいれた私はめちゃくちゃ夢中になりました。

 

そしてその頃からそれまで追っかけていた姉の真似をすることをやめ、むしろ姉とは反対のことばかりを選んでいく人生が始まったのです。

 

(なんか予想以上に長くなっちゃった^^; またまた続きます)

 

 

 

前へ l 次へ